2026年1月7日
投稿日
2026/01/13
2026年1月7日。水曜日。9時14分。青梅行きの電車の中。温かい爽健美茶を飲んでいる。
今日は十時間も寝てしまった。そしていきなりカフェインを飲むのは嫌だったので、ノンカフェインの爽健美茶を買った。
クビになったばかりの職場の夢を見た。
その職場で、何かの作業を頼まれた。その作業に関して、面倒くさいリーダーが口を出してきた。
そのリーダーとの共同作業は嫌だった。それにもう退職しているのだから、その依頼は無視しても良かった。
現実では在宅勤務であったが、夢の中では職場で働いていた。その職場は、学校の教室のようだった。すでに退職している私が職場にいるのはおかしいので、すぐに帰った。
その帰り道に店に立ち寄ると、その店はすでに閉店していた。店の外のテーブルにアイドルが座っていた。そのアイドルとライン交換をしようとした。「今度遊びにいこう」と誘うと、アイドルは「ぜひぜひ」と云ってくれたので、私は有頂天になった。しかしそのアイドルはキャバクラで働いているのを思い出した。所詮、私はそのアイドルにとって、キャバクラの客にすぎなかった。
禅の本に、
「悟るために必要なのは知性ではない。仏性である。すでに自分の中には完全無欠のものがあり、それを見つけるために必要なのは勉強ではなく、修行である」
というようなことが書かれていた。
ユーチューブの動画で、
「人間の肉体の99・99%は空洞なのです。八十億人から空洞を取り除くと、全人類の体は角砂糖一つに収まるのです」
と、云われていた。そのくらい人間の体はスカスカである。しかし、99.99999999%くらいが空洞でないと、八十億人が角砂糖一つに収まったりはしないだろう。
自由意志はあるか? 阿頼耶識はあるか?
因果応報なんて本当は無いだろう。来世は、善人でもゴキブリになったり、悪人でも恵まれた人間になったりするだろう。
死んだ後、次にまた人間に生まれ変わるのは、300億年後かもしれない。それでも永遠に比べたら一秒後と同じだろう。
人間は死んだあと、杉とか檜とか雑草とか、いろんな生命に生まれ変わるだろう。そんな生命は、河に一瞬だけ浮かぶアブクのような儚い生命だろう。因果応報とか関係なく、いろんな生命に生まれ変わるだろう。
ユーチューブで、
「蔵識と呼ばれる、すべての行動を記録する意識——阿頼耶識は、大河のようなものである。行動には、体、口、心の、3つの行動があり、心で思うだけでも、それは行動になる」
というような話があった。
ユーチューブで、
「この地球に存在している生命は、実はあなた一人だけだ。神のような完璧な存在になるために、成長することが、あなたの使命だ。この宇宙はあなた一人だけのための卵だ」
という話があった。
そして今日もまた当たり前のように珈琲を飲んでいる。
ユーチューブで、
「五次元空間から我々を見ている何者かがいる。その者は、過去・今・未来を同時に見ることができる。すべての本のページを同時に読むことができる。一万ページの本を一ページ分の速度で読了できる。高次元の世界は一つ下の次元の直角に存在しているが、我々にはそれは小さすぎて見えない」
というような話があった。
今日は何食おう。
今は無職だし年末年始でもないので、もう贅沢は許されない。節約生活をしなければならない。