登山サークル アウトドアチャイルド

登山サークル アウトドアチャイルド

<<「2026年1月8日」
2026年1月9日
投稿日
2026/01/19
 2026年1月9日。金曜日。8時17分。小作駅のホーム。温かい蕎麦茶を飲んでいる。
 懺悔懺悔、六根清浄……
 昨日は日本酒を飲んでしまった。そして夢の中で、些細なことで立腹して、酷く不愉快なトラブルを起こした。
 やはり酒を飲むと怒っぽくなる。
 立腹の原因は、羨望であった。普段腹を立てないことを心掛けているにもかかわらず、それを易々と超えた。結句、己の醜い本性というものは、ワンカップ一本で暴かれる。
 男に対しては立腹せずに、絶対に喧嘩で勝てる女子供老人にだけ暴力的になるという最低の蜚蠊根性。昔と一ミリも変わっていないそんな己の本性を想い、寝袋の中で悶えた。
 することもしたいこともない。息をしているだけの生活。
 やっぱり酒は飲まないようにしよう。
 絶対に怒らない己というものは、永遠の禅定をしている宗教の苦行僧のようなものだ。しかしわざわざそんな修行をするまでもなく、金を稼ぐという行為自体が立派な苦行である。
 とりあえず酒を飲まないようにしよう。後は何をしても良い。
 昨日はユーチューブ動画で数学の勉強を紙にシャーペンで書きながら行っていたが、そのシャーペンが壊れてしまった。だから仕方なくシャーペンを買いに行ったが、そのついでにワンカップも買った。そしてそれを飲むと、もうダメである。まったく毒を飲んでいるのと同じである。
 しかし今日は何しよう。
 酒っけが抜けて清浄な己を取り戻すまで、三日程度はかかるだろう。
 ユーチューブで、
 己を知りたい宇宙は、己を観測させるための存在として、人類を作った——
 という話があった。
 それは本当だろうか? つまり人間だけが特別な存在で、犬猫とは厳然と区別されているのか。
 四国でお遍路をしてみたい。
 お遍路中は、弘法大師と二人で歩いていると見なされ、人から親切にされる。お遍路さんに親切にすることは、弘法大師に親切にすることと同じことと見なされ、人はそれにより功徳を得られる。そしてどうやらその道中では野宿が許され、テント張り放題のようである(多分)。それに寺が宿泊用にお堂を提供してくれたりもするらしい。そんな古き良き文化が、この殺伐とした現代社会にまだ残っている。
 お遍路さんは弘法大師と共に歩いている——つまり、まさに虎の威を借る狐、どんな詰まらない人間でも、人からチヤホヤして貰える。二人とかで歩いたら、大師さまも入れて、三人扱いである。徒歩のお遍路は四十日くらいかかる。
 もし近場で済ませたいなら、秩父札所巡りだろう。一番最初と一番最後の札所の御朱印は貰っている。専用の御朱印帳があるのだ。確か五百円くらいで御朱印を書いて貰えると記憶している。
 御朱印を集めてみようか。神社巡りでもするか。なんなら山系神社を巡るとか。大山。宝登山。三峯神社。高尾山。富士山。などなど。まあ高尾山はお寺な訳だが。
 今日も数学の勉強をすることになるだろう。
 昨日は小説の推敲作業をした。つまらない小説ばかりを作っている。つまらない小説を推敲することほどつまらないことはない。それでも一応やっている。なぜなら今世中に百作を作るというノルマがあるからだ。
 しかしまだ二十作くらいしか出来ておらず、それらはすべてつまらない。今推敲中の小説を全てリリースしたら三十作くらいになるだろう。まだ完成していない小説もある。
 やはり百作を達成するためには、短い小説のほうが良いだろう。そのためには星新一のショートショートを学んだほうが良いだろう。
 となると、SFか?
 もしかして私が今数学を勉強しているのは、そのための準備なのか。潜在意識がそれを企んでいるのか。
 いやいや、潜在意識は単なるプログラムである。それは呼吸や心臓運動などを司っている。顕在意識でコントロールできないものを、潜在意識が動かしている。
 それはプログラムなのだ。顕在意識が出てくるまでの七歳の頃までにインストールされた、単なるプログラムなのだ。
 そこで立派な人間になるように刷り込まれた。しかし小学生で挫折した。そこからなんとか復活しようともがくのがその後の人生である。
<<「2026年1月8日」