登山サークル アウトドアチャイルド

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辛垣城跡と、鶏ムネ肉 2022年6月12日(日)
投稿日
2022/06/13
2022年6月12日(日)。

夢を見た。
夢の中で、とあるサークルに参加していて、みんなで登山していた。
大人数の登山で、観光バスに乗って、移動していた。
そして今歩いている場所はどこだろうかと思って、地図を見てみると、なんとここは有名な、〝美ヶ原〟であった。
え、ここが美ヶ原?! と思って、テンションが上がった。
へー、美ヶ原って、こんな感じなんだ。
でも思ったよりも、大したことないな。
などと思いながら歩いていると、なんと、デパートの中に入って行った。
なんで美ヶ原に、デパートがあるのか?
どうもよくわからない。
一緒に登山をしている人たちと、仲が良いのか、悪いのか。
ちょっと微妙な感じである。
その中に外国人のおじさんがいて、「わたし、もうここで失礼します」と言って、帰っていった。
そうこうしている間に、美ヶ原のゴールに到着した。
そしてリーダーが、「はい、お疲れ様。じゃあ次は、富士山いくよ! 一緒に行く人、参加費追加で100円払って!」と、怒鳴った。
みんなぽんぽんと百円をリーダーに渡していたが、「え、これから富士山?」と思って、あまり気が進ます、「すいません、僕はここで失礼します」と、リーダーに言った。
続けて、「これから富士山に登るんですか?」と聞いてみると、登るのか登らないのか、はっきりしないような感じのことを、リーダーはごにょごにょと言った。

そんなような夢を見て、今日は朝起きた。
起きたときの時刻は、8時25分くらいであった。
それで今日は登山に行こうと思い、登山の支度をした。
空のペットボトルに水道水を入れて、ジプロックにごはんを入れて、その上に大根の漬物を載せた。
その他、持っていったのは、ブルーシート、ヘッドライト、レインコート、ICレコーダー、コンパス、地図、ビニール袋、ポケットティッシュ、といったところである。
あと、ハンドタオル。
それと、弁当と、水道水。
そのように万全な装備で、この日も登山にでかけた。

いや今回は、ちょっとまた雑誌に小説を送ってみようと思ったのである。
一昨日とある本屋で見かけたマイナーな雑誌に、「新しい才能を求めています」とデカデカと書かれていた。
「400字詰原稿用紙30枚以内」の小説を送ってください。
というようなことが、そのマイナー雑誌に書かれていたのである。
それで、それにちょっとチャレンジしてみようと、一昨日からずっと思っていた。

30枚くらいだったら、なんとか書けそうな気がした。
で、何をどう書こうかと、一昨日からずっと悩んでいた。
そして今回は朝起きて、「登山に行って歩いていれば、何か良いアイデアが浮かぶのではないか」などと思った。
少なくとも家でじっとしているよりも、外に出て登山をしながら考えたほうが、良いアイデアが浮かびそうな気がした。

そんなことを思いながら、今回は登山に出かけた。
家を出て、電車に乗った。
電車の中で早速、そのための小説を、スマホで書き始めた。
青梅駅で乗り換えで、電車待ちは30分くらいあったが、その間もずっと、小説の最初のほうを書いていた。
すると電車が来て、電車に乗り、宮ノ平駅まで移動した。

小説のほうは、早速最初の2枚くらいが、出来上がっていた。
最初にいきなりクライマックスのような、盛り上がりを持ってくる。
私はなんどもその文章を読み直し、「うん、これでいいんじゃないかな」「じゃあまず、家に帰ってから、この文章をあれこれ推敲して、まずは最初の2枚をしっかり固めよう」とか、思った。
で、最初にいきなりクライマックスを書いたのだから、ずっとクライマックスばかりではいけないだろうと思った。
小説は、「山あり、谷あり」であるべきだ。
私の場合、ずっと「山、山、山」で、谷がないのである。
だから私は、小説が書けないのだ。
私はそれに気づいた。
そうか、谷なんだ。
必要なのは、谷なのだ。
プロはしっかり、谷を書く。
そして、山、谷、山、谷と、変化をつける。
私の場合はいつも一本調子で、ずっと山ばかりだから、だから私の小説は駄目なのだろうと、今更ながら気がついた。

まあとにかく今回は、いきなり最初にクライマックスを持ってくるという、斬新な手法で、小説をスタートさせた。
で、そのあとはずっと、谷を書く。
そして最後に、どどどっと巨大な山を書き、そして山の頂点に達して地点で、エンディング。
ズドンと終わる。
そんな風にすれば、いけるのではないか。
面白くなるのではないか、それで。
いやきっとそれで、面白くなるに違いない!

そんなようなことを思いながら、私は宮ノ平駅を出発して、まずは矢倉台を目指した。
今回行きたいところは、〝辛垣城跡〟である。
その目的はもう、はっきりしていた。
辛垣城跡に行って、辛垣城跡を見てきて、そして家に帰る。
それが今回の、予定であった。

そのようにまず矢倉台を目指したが、矢倉台に到着する前に、分岐地点が出てきた。
それで辛垣城跡の方向に向かって、歩いた。
確か辛垣城跡までそこからは、道標には3・2キロと書かれていたと、記憶している。

その道を進む。
途中気になる横道があれば、ひとまずスマホで撮影しておくなり、その場所の地図上の位置をスクリーンショットで保存しておくなりして、後日気が向いた時にその道を開拓してみようなどと思ったりもする。
ひとまず、「栗平方面」「山道を経て栗平方面」という道標が気になり、その道標をスマホで撮影しておく。

しかし歩いていると、いつの間にか〝三方山〟は通り過ぎてしまったようだ。
三方山もまた後日、あらためて見てこないと、気が済まない。

後ろから賑やかな集団が近づくたびに、少し気まずい思いをする。
私は歩みが遅いので、どこかのタイミングで先に行ってもらうようにする。

そのようにして歩いてゆき、〝ノスザワ峠〟という場所を通り過ぎる。
その付近に気になる道があったので、しばしその道を進んでみる。
そしてまた、引き返す。
道標がない道は、そのエリアは個人の持ち物なのかもしれないなどと、ふと思う。
山を買い、土地を買い、そこで不法投棄などをしている人も、いるらしい。
世の中は、綺麗なことばかりではないなどと、ふと思う。

気になるピークがあったので登っていくと、〝物見山〟と書かれた板っきれが貼られている。
そこから下っていくと、木になる樹木を発見した。
若い樹木である。
幹が緑で、若さがみなぎっている。
特別特徴のある樹木ではないが、なんとなくとても目立ち、気になった。
その樹木のことは、物見山という名前と共に記憶にとどめておこう、などと思った。

名郷峠に到着した。
そこに来るまでに、ちょくちょく雨に振られた。
降っては止み、降っては止みの空模様のため、レインコートを着たり脱いだりするハメになる。
名郷峠から二俣尾駅まで下る道が伸びていたが、今回のお目当ての辛垣城跡は、もう少し先である。

しばし歩くと、「辛垣城跡登り口(急坂)」と書かれた看板が出てきた。
そこを登っていく。
強めに雨が降ってきたので、レインコートを着る。

以下の解説板が立っているところまで、登ってきた。

===
市指定
史跡

辛垣(からかい)城跡

ここ辛垣山(標高四五〇メートル)の山頂には、青梅地方の中世の豪族三田氏がたて籠った天嶮の要害である辛垣城があり、市内東青梅六丁目(旧師岡)の勝沼城に対して「西城」と呼ばれた。
永禄六年(一五六三)八王子の滝山城主北条氏照の軍勢に攻められ落城、城主三田綱秀は岩槻城(埼玉県岩槻市)におちのびたが、同年十月その地で自害し、三田一族は滅亡した。
城跡にあたる山頂の平坦部は、大正末期まで行われた石灰石の採掘により崩れ、当時の遺構は、はっきりしないが、堀切りや竪堀りをとどめている現状である。

昭和三十年十一月三日指定
青梅市教育委員会
===

この看板をスマホで撮影しようとするが、画面が雨に濡れていて、なかなかうまくシャッターが押せなかった。
それでもなんとか、撮影する。

昔この場所に辛垣城というお城があって、そこで三田綱秀というお殿様が住んでいた。
しかしそこに北条氏照が攻め込んできたので、三田綱秀はそこから逃げ出した。
そして岩槻城に立てこもるが、結局そこで自害した。
そして三田一族は滅亡した。
なんとも血生臭い話である。

その説明板が立っているところからさらに登ると、辛垣山の山頂に到着した。
標高は、456・8M。

というわけで、今回の目当てのものは、しっかりと見た。
今回は弁当を持ってきたが、のんびり食事できるような、適切な場所がない。
だからそのまま、さっさと家に帰ることにする。

そのまま歩くと辛垣城跡の、向こう側の上り口に、降りてくる。
ではここからまた名郷峠まで戻り、そこから今回は二俣尾駅まで下って行こうかと思う。

しかし名郷峠まで行くまでもなく、もっと手前に二俣尾駅まで下っていく道が出てきた。
その付近だったと思うが、先ほどとは別の辛垣城跡の解説板が、そこでも立っていた。
解説板の内容は、以下である。

===
市指定史跡

辛垣城跡

この山城は、ここから北西にそびえる辛垣山(からかいやま)(標高四五〇m)にあって青梅地方の中世の豪族三田氏がたて籠(こも)った天然の要害(ようがい)である。
また、市内師岡(もろおか)に所在する勝沼城に対して「西城」と呼ばれた。
城主三田綱秀らは八王子の滝山城主北条氏照の軍勢(ぐんぜい)に攻(せ)められ、落城するのであるが、時期については永禄六年(一五六三)三月と永禄四年の説がある。
このとき綱秀は岩槻城(埼玉県岩槻市)に落ち延びたが、同年十月、その地で自害し、三田一族は滅亡した。

昭和三十年十一月三日 指定
青梅市教育委員会
===

さてこれで辛垣城跡についてはしっかり確認できたし、今回の目的を果たすことができた。
今回は、〝辛垣城跡を確認する〟、それを目的にして、登山をした。
その目的を果たしたので、ではここから二俣尾駅までの下り道を、淡々と下っていくことにする。

ところどころ少し悪い道もあったが、無事に二俣尾駅に到着した。
次回の登山は、どうしよう?
次回はこの二俣尾駅からスタートして、今回下りてきたい道を登っていき、そこから今度は軍畑駅のほうまで歩くか。
あるいは軍畑駅からスタートして名郷峠まで歩き、そしてそこから二俣尾駅まで下ってみるか。
次回は雷電山にいくのも良さそうだ。
あるいは久しぶりに、秩父の日和田山にでもいってみようか。
あるいは今回見落としてしまった、三方山を見てこようか。
などと、思う。

電車は六分後くらいに、来るようだ。
待ち時間が短く、ついている。
速やかに帰宅することができそうだ。
駅のプラットホームで、来る時に書いてみた小説の最初の二ページを、改めて読んでみる。
そして、愕然とした。

全然ダメじゃん。

最初にいきなり、クライマックス。
斬新な手法。
などと思い、意気揚々と書いたものだが、あらためて見てみると、全然ダメ。
これは読んでも伝わらない。
説明不足。
何がなんだかわけのわからないような、ポンコツな文章。
あー、全然だめじゃん。

これダメだ。
だめだめだめ。
がっかり。
すこぶるがっかり。

電車が来て乗り込み、車内でその最初の二ページを読んでみて、まったくダメなことに気づいた。
はー。
厳しい。
容赦なく厳しい。
甘くない。
実に甘くない。

先日、文學界の新人賞と、太宰治賞に、渾身の作品を応募したが、まるでダメだった。
こんな風に書けばよかったんだとおもって、でもこんな風に書くのはきついなあと思って、このレベルの作品を量産するのは難しいなあとか思って、とにかく一定水準以上のものを書けたと確信したものだけど、それがまったくダメだった。
一次選考も通過しなかった現実をみて、さすがに厳しいなあと思う。
もうすぐ四十九歳でこんな態たらくだと、さすがに難しいなあと思う。

最寄り駅まで戻ってきた。
そして今回はまっすぐ家に帰らず、スーパーによって、鶏むね肉、納豆、ヨーグルト、豆腐などを購入して、料金は確か、688円くらいであったと記憶している。
3円のレジ袋も、もらった。
本来、本当に一円も無駄使いをしたくないというのであれば、レジ袋ももらってはいけないはず。
現に女性なんかは、レジ袋をもらわない人が、多い気がする。
女性のほうが節約マインドが、私よりもはるかに高いような気がする。
私は3円のレジ袋を簡単に買ってしまっているようだから、ダメなのだろう。
節約も中途半端であり、甘いのだろう。

鶏むね肉は、百グラム57円で、400グラムくらいのものを購入して、確か料金は260円くらいであったと記憶している。
一昨日はタンパク質をまったく摂取しなかったので、今回はタンパク質を摂取することにした。
そして家に帰ってきて鶏むね肉を洗って、そして片面にだけ、たっぷり塩こしょうをふりかけた。
それをフライパンに入れ、火をつけて、一番弱火にして、そしてフライパンに蓋をした。
この状態で長い時間かけて、じわじわと火を通そうと、目論んでいる。
そういえば、おろしにんにくも買ったのだった。
しょうゆ、おろしにんにく、おろししょうがで、鶏肉にかけるタレも作った。
鶏肉はそんな具合に、15分くらいは火にかけ続けたと思う。
それから蓋を取り、火を最強にして、そして両面を焼いた。
その上で鶏肉に、作った醤油ダレをかけた。
そしてまたしばし焼いて、水分とか完全になくなって、少し焦げ目がつくくらいまで焼いて、それを皿に取り、食べてみた。
まあ、うまかった。
こんなふうにして食べても、普通に美味い。
ファミマでスパイシーチキンを買うとか、セブンイレブンで揚げ鶏を買うとかも迷ったが、それよりも安く済むだろうと思って、スーパーで100グラム57円の鳥むね肉を買ってきた。
そしてそのようにして、食べてみた。
そしてまあ、それなりに美味かった。

鶏肉を食べた後は、大根の漬物とごはんの入った弁当を、ザックから出しておいたのだが、それを貪り食った。
そのようにして、ひとまず満腹した。
それから読書して、「闇のハローワーク」という本を、なんとか読み終える。
それから外出した。
外出してその例の、「新しい才能を求めています」のマイナー雑誌を、990円出して、買ってきた。
それを買うと、まっすぐに家に帰ってきた。
そのマイナー雑誌に送る、「四百字詰めで30枚以内」の小説を送ってみるということは、まだ諦めてはいないし、それはやってみた方が良いだろう。
ぐだぐだ言ってるより、書いてみることだ。
「何者」という小説の中でも、登場人物はいっていた。
「頭の中にあるうちは傑作でも、実際書いてみると、たいていは駄作になるものだよ」などと、登場人物は言っていた。

「闇のハローワーク」の後は、漫画「サバイバル」を読んだ。
その後は、「ヤッさん」という、原宏一という人の書いた小説を読んだ。
その「ヤッさん」という小説が、とんでもなく面白かった。
この原宏一という人の書いた小説は、昔読んだことがあって、それもとても面白かった。
で、久しぶりに、またその人が書いた「ヤッさん」を読んでみたのだが、やっぱりこの人の書く小説は、とんでもなく面白いようである。
「ヤッさん」は、ホームレスのおじさんの話である。
ホームレスだが情報屋として働いており、それでその情報を売り、銀座の名店で食べ歩いていた。
ヤッさんは食通であり、グルメであり、料理のことにとても詳しい。
だから築地の人とか、料理人とかに情報を提供して、そのかわり飯を食わせてもらっているのである。
まさにホームレスであると同時に、仙人みたいな人でもあり、それで若いホームレスが、ヤッさんに弟子入りして、ドタバタ物語を繰り広げるという、とんでもなく面白い小説である。

これを、手本にしようかな。
などと思う。

さて次はどこに行くか。
三方山か、雷電山か、あるいは榎峠なんかも気になった。
あるいはまた、赤ぼっこか、あるいは高尾山に返り咲きか。
「高尾山報」だっけ、毎月一回出てるらしい。
それをまた、もらってくるか。
「高尾山報」、以前に大本坊で食事をしたとき、そこに置いてあったので勝手に持ってきてしまったが、もしかしたら有料だったのかもしれない。
「高尾山報」は有料なのか、無料なのか、それを確かめる。
そのような目的で、一度高尾山に繰り出すのも、まあ有益といえば、有益だろう。
有料かなー、無料かなー、高尾山報。
ネットからバックナンバーとか、無料でPDFで見れるようだが。
それ一度、確かめてくるか。

確か、一号路の入口の不動院でも、高尾山報、置いていたと記憶している。
そこでもらってくるか。
有料ですか、無料ですかと、聞いてくるか。
まあ別に、高尾山報を読みたいとは思わんが。
かすかにでも気になってしまったからには、気が向いたときにでも、それを確認してこなければなるまいよ。
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