登山サークル アウトドアチャイルド

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無事に燕岳に登ってきました
投稿日
2021/09/27
無事に燕岳に登ってきました。
幸い、天気にも恵まれました。
燕岳の山頂付近が、イルカ岩も含め、景色がとても良くて驚きました。
本当は燕山荘でテント泊する予定でしたが、山頂に12時くらいに到着できて、そのまま下山できそうだったので、そのまま下山してきました。
それで最後のバスにも間に合うし、電車で家にも帰れそうだったので、今は電車で家に帰ってます。
家に到着するのは23時くらいになりそうです。
下山のとき、後ろから人が来て、それで私は立ち止まり、道を譲ったのですが、普通だったら、「すみません」とか「あ
りがとうございます」とか、声がかかるところですが、その人は無言で通りすぎたので、ちょっとムッとしてしまいました。
その人たち、カップルだったのですが、途中、休憩してて、「家に早く到着したいよね」などと言って、きゃっきゃと話してて、しかし道を譲られても、まったく無言で通り過ぎるという、マナーの悪い人たちでした。
九割の人はマナーが良いのですが、一割くらいの人が、マナーが悪いと感じます。
おじさんでも、今回は二人、挨拶をしても挨拶を返さない人がいました。
通常みんな、挨拶されたら、挨拶を返すものです。
しかしまれに、挨拶を返さない人もいるし、道を譲っても、お礼一つ言わずに通り過ぎる人がいます。
そういうマナーが悪い人が一割くらいはいて、でも、それに対していちいち腹を立てたり、平常心を崩したり、マイペースを崩したりすると、ダメだなと思いました。
そういう人に会っても、人は人、自分は自分です。
マイペースを崩さず、自分のペースで、しゅくしゅくと登山する、そういう態度が理想的であると思いました。
最後のバスでも、バスの運転手さん、露骨にタメ口で、それもちょっとムッとしました。
こっちは客なのに、1800円も払ってるのに、露骨にタメ口で、少し居心地の悪い思いをしました。
まあ、10歳くらい年上の運転手さんだったし、タメ口で話されるのは、不自然ではありません。
でもそれに対していちいち、客のこっちが、ぺこぺこして、ご機嫌うかがいして、愛想笑いしたりとか、なんでいちいちそんなこと、しなければいけないのか。
でもあれだけ横柄だと、こっちもどう対応していいか困るし、はっきり言って、一切話したくないし、寝たふりをしたりなんかして、なんとかやり過ごしました。
ああいう人に対して、年下の私が、同じくタメ口で話したりすると、角が立つので、あそこまで露骨に横柄な態度を取られると、こっちはぺこぺこして、礼儀正しくして、感じの良い若者みたいな受け答えをしないと、角が立ちます。
でもなんか、こっちは客だし、1800円も払ってるし、登山で疲れてもいるのに、どうして横柄な運転手さんのご機嫌を取らなければいけないのか。
それがどうにも面倒で、寝たふりなどをして、やり過ごしたというわけです。
でもあの人たちも、ああいう横柄な態度でも、全然仕事が成り立つのでしょう。
横柄でも、どんどん客は来るのでしょう。
まあ、行列のできるラーメン店の、頑固親父のようなものです。
まあこのように、登山の後半に、色々と不快な思いをしてしまうのは、よくあることです。
登山に行って、楽しいばかりというわけではなく、色んな人と接するし、その中には、いろんな人がいます。
せっかくの楽しい気分をぶち壊すような人も、やっぱりいます。
でもまあ基本的には、感じが良い人が圧倒的に多いです。
でもたまに、やっぱりマナーが悪い人というのも、確実に存在しているのです。
それに対して、いかに自分はマイペースに、しゅくしゅくと登山をしていくか。
その部分に関しては、修行みたいなものです。
どんな人に会っても、平常心。
いちいち怒らない。
腹を立てない。
それが重要です。
まあ、というわけで、今日もしっかり、燕岳に登ってくることができました。
それは感謝です。
あと、中房温泉の日帰り入浴が、とても見事な天然の岩風呂みたいで、びっくりしました。
とても良い風呂でした。
今日は風呂にもしっかり入れて、清潔な状態で、帰路につけてます。
まあ登山して、テント泊すると、テントの中に長くいて、とてもヒマで、退屈で、容赦なく退屈で、でもそんな環境では、普段考えないようなことを、色々考えます。
自分とか、人間とか、他人とか、人生とか。
色々ともの思います。
テレビもありません。
何かを論じる人もいなくて、価値観を押し付けてくる人もいない。
誰にも影響されません。
ただ、あるがままの世界です。
そんな中寝そべっていると、なんというか、ずっとずっと昔から、ずっと変わらず、そうしているような、そんな不思議な感覚もありました。
極端な話、前世の記憶が、ちらちら蘇えるような、そんな不思議な感覚がありました。
いい歳こいて、自分探しもないだろう、という、世間一般の価値観、しかし、自分探しを放棄して、他に何か面白いことがあるのか、などという思い。
年齢で決めつけられるというのか、どうなのか。
人それぞれ、その人のペースがあり、その人のタイミングがあり、その人の適齢期がある。
それなのに、三十代はこう、四十代はこう、それが普通、そのような価値観が、色々と、植え付けられている価値観が、実はすべて詐欺なのではないか、そんな風にも思うのです。
すべては詐欺なのではないか。
そして自分の頭で考えることを放棄してしまい、無難に、普通に、みんなと同じように、考える。
感じる。
そういうものがどうも、実は、丸ごと全部、詐欺なのではないかなどと思い、ただあるがまま、テントの中で寝っ転がり、渓流の音を聞く。
そうすると、むしょうに不安になって、不安で不安で、でもその不安こそがまさやに自然で、真実である。
普段の生活では、娯楽に囲まれ、不安は隠されている。
人と同じようにすることで、不安を紛らわすことができる。
でもどうも不安で、不安で不安で、でもそれが、本当の姿のような気がして、そのような不安と向き合っている時間は、充実しているようにも思え。
登山をするということについても、なんで登山するのかと思い。
でもなんか、悟れそうな気がするのです。
登山したり、テントの中で寝てると、
何か重要な真実に気付けるような気が。
とは言っても、やがて寝て、何度もトイレに行って、3時半に起きて、もう結構外は明るくて、しかしダラダラと寝そべって、ああ登山するの、だるいなあなどと思いながら、ダラダラ寝そべって、それでも5時半くらいには活動開始して、お茶飲んで、チョコパン食べて、テントを畳む支度をして、外に出てみると、テントの周りにたくさんの人たちがいて、びっくりしました。
夜行バスかなにかで、どっさり人が来たのでしょうか。
その中で、ダラダラとテントを畳み、トイレを済ませ、そして私が登山をスタートさせたのは、6時40分でした。
そして山頂に12時くらいに到着して、燕山荘にテント泊キャンセルの連絡を入れ、15時くらいに中房温泉に戻ってきて、温泉に入って、ソフトクリームを食べ、トイレに行って、バスに乗って、穂高駅から電車に登って、松本駅に移動して、スタバでホットコーヒー飲んで、大月行きの電車に乗っているのが、まさに今です。
気づくと、車内はガラガラです。
少し腹が減ってきました。
今日食べたのは、朝のチョコパンと、合戦小屋で食べた、おでん、おしるこ、あと、風呂に入った後に食べた、ソフトクリーム。
以上。
それは腹が減るはずです。
家に到着するのは、23時半くらいになる見込みです。
どうしよう。
家でサッポロ一番味噌ラーメンでも食べようか。
ちょっとトイレにも行きたかったりしますが、トイレするともしかしたら、家に帰れなくなるかも。
電車はしっかり乗り継いでいかなければいけません。
まあ、無事に家に到着できるよう、頑張っていきたいと思います。
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